12月の胸騒ぎ

 去年もそうだった。

12月と言う暦と、雪の覚悟と暦の最大数時に

タイヤはどうする、世間は締めくくりだ、写真を撮るには狭まる色のない季節だと。

 

 僕のフォトライフでとんでもなく今年の僕を苦しめ続けた

文句を言いたいのはNikonさんに向かってだろう。

間違い無い。

 

 だって

僕の腹をくくれなくした原因なんだから。

単純に純粋なD700の後継機の無い事にこんなに振り回されるとは思わなかった。

D800、D800E、D600、D610でなくDfでなく

単純にD800の機体にDf(D4)のセンサーを搭載したものがあれば良かっただけだ。

単純にD3とD700の関係で良かっただけの事だ。

 

 単純にその事だけで、単純に他の全てが面白くなく踏み切れなく、

フォトライフそのものやその他の事、D800やD600やDfに踏み切れる全てに人に

八つ当たりをしたくなるとても不思議な感情でもあり

でも胸を手に当てて確かめてみても、どう考えても全うな感情だ。

  

 12月の胸騒ぎの要因にいつでも好きなだけカメラを買える人では無く

どこまでも慎重に吟味して、決死の覚悟でメイン機のひとつを選ぶ

写真界に一番中途半端だけど、一番に情熱的で、一番の奇跡を生む層に

   

 D700ユーザーが何年も首を長くして待ち望んだのに

Nikonさんはとても失礼な製品ラインナップとしてくれたのだから。
D800でスカされ、D600でスカされ

この次こそD700のあの時のように腹をくくれるはずだと願ったはずなのにだ。

 今年の12月の胸騒ぎの要因に僕はNikonに八つ当たりをしたくてしょうがない。

 踏み切れないんだ。

 

  全うしたい1月から12月までのフォトライフなのに。

それが12月まで煮え切らないで過ぎてしまうんだ。

価格もバランスも求めるものの理想と思い

思い留まる事無く飛び込めた数年前のあの一台のカメラD700のように。

 

  それが今飛び込めないんだ。

もうその期待がDfの登場で完全に無いものと決定付けられたんだ。

決死の思いでギリギリ捻出する何年もメイン愛用機とするに値する

なきなしの高額投資を煮え切らない妥協に打つわけにはいかないのだ。

 

 晴れやかに楽しくて仕方ない

もう時間がある限り止らないシャッターを誘う掌に握るカメラに

D700とそろえて抱きしめられるNikon機が無い事は僕の力ではどうする事も出来ない。

だからもどかしくてたまらない。

 

 もしD610のタイミングでD800の機体にD4センサーのカメラが出て

もしDfのタイミングでD800の機体にD4センサーのカメラが出たならば

  僕は

間違い無く12月の胸騒ぎがとても穏やかなもので

この年号の変わる節目のタイミングを晴々と迎えられた事だろう。

 

 

  本当の恋愛ほどとてもシンプルなものだ。

全てが躊躇なく好きだと言うたった一言で全てが済むのだから。

 

 

 僕にとって今のNikon機にそれが無い事がたまらなくもどかしい。

 Dfの登場で他のFXの並びからしても僕の理想と期待は完全に無いものとなっただろう。

仮にDfかD800かD600を買ったとしても僕はメイン機に妥協と未練を抱えたまま

何年もフォトライフをしなくてはならなくなる。

 

  12月の胸騒ぎにこの煮え切らないD700ファンの心境に

 Nikonさんは何も答えなどくれないのだろうけど。

 こんな事だけで写真好きが萎えてしまう事なんてあるのかなって思うでしょ?

 僕がそうなんだからそんな事が「ある」が正解であり、

僕と同じ感情の人が世の中に数人かは居ると言う事だ。

世界中で僕たった一人の感情では無いはずだ。

 

3000の次に3100、3200とあり

5000の次に5100、5200、5300とあり

7000の次に7100があり

 

300の次が無い。

 

700の次に800、600があり610があるのならば

710とか770とかはあるべきだろうによ、Nikonさんよ。

来年じゃもう遅いんだよ。

待ってたよありがとうじゃなく、もう遅せえんだよってなるね僕なら。

 年末がよ、面白くねえんだよ、Nikonさんよ。

俺みたいな貧乏人をナメ過ぎなんだよ、ったく。。

 

  D300とD700を売っちまう所から始めると

俺みたいなタイプはマウント移項でどっかに行っちゃう可能性あるよ。

APS-Cとフルサイズの噂のちらりある狭間にいるメーカーにも行けないし

家電の香りあるメーカーにも行けないし、フォトサイト難民だし

才能もセンスも行き詰まりだし

 

 もうスッキリ&スッパリと

静かにしちゃおうかなって思いに加速がかかっちゃうな。

 

 メーカーにもフォト世間からも

あまりに思考ギャップがあって相手にされない事が多過ぎて

世間とかフォトライフからどんどん反れつつある僕の

今年の12月の胸騒ぎは、例年と少し違う何かがある。。。

 

 

 

 プロやプロと同じ機材をその度に買える富裕層や余裕層には撮れない写真を

僕ら層が生み出して、業界のしがらみや世襲や販路と違う所で

写真集でも写真展でも出会う事の出来ない人の心の何かをわし掴みしする写真を

僕らの層のはらはらとした人生を生きている者が生み出している事と

見る事と撮る事の両方を好きになる層や、人と人との繋がり増やしているのが

僕ら層な事を忘れないで欲しい。 

 

 

 

 

 気持ちの荒みっぷりがハンパ無い。

荒みを「すさみ」と読めず、あらみと読むバカばっかりなのも頭に来る。

だから写真にも

常に日本語のワビサビを念頭にタイトルを付けたり

気持ちを助長させるキャプション書いたりしなさいって言ってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

cozy

 

 

 

 

2013/12/07